コロナ禍における経済分析と位置情報の活用

こんにちは、Social Innovation Divisionで位置情報分析を担当している高良と申します。今回は、コロナ禍における経済活動の分析と、それに対して位置情報がどのように活用されているかをご紹介します。

コロナ禍における経済分析の急速な蓄積

2020年初めから世界的に感染拡大が生じている新型コロナウィルス感染症は、各国の経済活動にとても大きな影響を与えてきました。IMF(International Monetary Fund)によると、2012-2019年にかけて+3~4%程度で推移していた世界経済の成長率は、2020年には-4.4%の落ち込みが見込まれています。日本も同様に、2012-2019年にかけて+0~2%程度で成長していたのに対し、2020年には-5.3%の落ち込みが見込まれています。

こうした状況で、新型コロナ感染症の経済活動への影響や、各国の政策対応の経済活動への影響などについての研究が、理論面、実証面の両方で急速に進んできました。例えば、ヨーロッパの経済・政策分析機関であるCenter for Economic Policy Researchは、新型コロナ感染症に関する研究をリアルタイムに公表、蓄積していくことを目的として、2020年3月末にCovid Economics という雑誌を刊行しました。この雑誌は、これまで月に5回以上のペースでの発行を続けており、2020年9月末時点で第50号まで発行されています。

コロナ禍における経済分析と位置情報の活用例

位置情報は新型コロナ感染症が拡大する2019年以前まで、商圏分析やマーティング、交通・都市計画、防災など様々な分野に活用されてきました。それに加え2020年以降は、感染拡大の防止を目的とするモニタリング指標として、全国の観光地・主要駅の混雑状況や、県をまたぐ移動人口などの推計に位置情報が活用されています(https://corona.go.jp/dashboard/)。

民間企業による分析例としては、KDDI株式会社が公表している位置情報を利用した人口変動分析のレポートなどがあります。これらの分析のなかで、当社も、ゴールデンウィーク中の観光地の人口変化や、県をまたぐ移動人口についてのレポートなどで分析協力を行っています。分析を行う際には、人流と経済活動との関係については重要な分析観点として挙がったものの、そのために必要なプロセス(経済指標を公的統計調査などから収集し、位置情報分析基盤に乗せること)に時間がかかってしまうため、速報性などを考慮して断念した分析もありました。

研究者や研究機関による分析例は数多くありますが、以下では、コロナ禍における経済活動の分析例として、①企業の倒産確率と企業業績・行動制限政策・モビリティとの関係、②業態別の感染リスクと経済的重要性のトレードオフ、という2つの分析と、その中でどのように位置情報が活用されているかをご紹介します。

①企業の倒産確率と企業業績・行動制限政策・モビリティとの関係

分析名:

宮川大介 (2020) 「コロナ危機後の行動制限政策と企業業績・倒産――マイクロデータの活用による実態把握」『コロナ危機の経済学:提言と分析』 第14章, pp.239-255.

この分析は、日本における感染拡大前後の企業の業績・倒産傾向の変化や、それらと行動制限政策との関係を明らかにすることを目的としています。そのために、企業の倒産履歴・業績データと属性データ、都道府県・業態別のモビリティデータを利用して、感染症拡大前後の企業の倒産確率の要因分析を行っています。具体的には、感染拡大前(2019年2~4月)と拡大後(2020年2~4月)の企業の倒産確率が、業種や売上高、利益、社齢、資本金、小売業のモビリティ指数(訪問人数)とのどのような関係にあるかを推計しています。

推計により、感染拡大前には、売上高の伸び率が低い、社齢が若いという特徴を持つ企業の倒産確率が高く、感染拡大後も同様の傾向があることがわかりました。さらに、感染拡大後、小売業のモビリティ指数が低下している都道府県では、企業の倒産確率が上昇していることも確認されています。このモビリティ指数は、スマートフォンの地図サービス利用者より得られた位置情報により推計されたもので、コロナ禍における企業の倒産に対する人流減少の影響という点で、位置情報の活用例となっています。

②業態別の感染リスクと経済的重要性のトレードオフ

分析名:

Benzell, Seth G., Avinash Collis, and Christos Nicolaides, 2020, “Rationing Social Contact During the COVID-19 Pandemic: Transmission Risk and Social Benefits of US Locations,” Proceedings of the National Academy of Sciences Jun 2020, 117(26), pp.14642-14644.

この分析は、米国の業態別の感染リスクと経済的重要性のトレードオフを、様々なデータを用いて測定することを目的としています。そのために、感染リスクの計測、経済的重要性の計測、両者の比較、という3つのプロセスで分析を行っています。

まず、公園、カフェ、レストラン、大学などの業態に該当する各スポットの訪問ユーザ動向を比較することで、30程度ある各業態の感染リスクを相対的に評価します。具体的には、各業態に属する個別のスポットへの訪問ユーザ数、訪問回数、滞在時間などを、スマートフォンから得られる位置情報から推計し、感染リスクとして指標化します。

次に、事業所統計調査や消費者への選好サーベイのデータを用いて、各業態に属する事業所の従業者数や、従業者に支払っている給与、消費者の各業態への選好などから、各業態の経済的重要性を相対評価します。

上記の感染リスク、経済的重要性の2つを比較することでそれらのトレードオフを考慮します。図1は、各業態の感染リスク(横軸)と経済的重要性(縦軸)の関係を示したものです。

図1 業態別の感染リスク指数と経済的重要性指数  出所:Benzell et al., 2020, Figure 2(A).

図1を見ると、感染リスクと経済的重要性は概ね正の関係にあり、感染リスクが高い業態は経済的重要性も高いこと、つまり両者にトレードオフがあることがわかります。ただし、一部そうではない業態があります。図の左上に位置する、感染リスクが低い、かつ経済的重要性が高い、金融機関・大学などや、右下に位置する感染リスクが高い、かつ経済的重要性が低い、ジム・カフェ/パーラー・スポーツ用品店などです。このように、感染リスクと経済的重要性のトレードオフを考慮することで、各業態に対する規制政策としての優先順位付けが可能となります。

おわりに

本稿でご紹介した2つの分析は、コロナ禍において急速に進展した経済分析のうち、位置情報を活用したものの一部ですが、ご参考になれば幸いです。

 

参考文献

  1.  KDDI株式会社, 位置情報を利用した人口変動分析のレポート(https://www.au.com/information/covid-19/#accordionOpen2
  2. 内閣官房, 新型コロナウイルス感染症対策WEBページ(https://corona.go.jp/dashboard/
  3. 宮川大介 (2020) 「コロナ危機後の行動制限政策と企業業績・倒産――マイクロデータの活用による実態把握」『コロナ危機の経済学:提言と分析』 第14章, pp.239-255.
  4. Benzell, Seth G., Avinash Collis, and Christos Nicolaides, 2020, “Rationing Social Contact During the COVID-19 Pandemic: Transmission Risk and Social Benefits of US Locations,” Proceedings of the National Academy of Sciences Jun 2020, 117(26), pp.14642-14644.
  5. Center for Economic Policy Research, Covid Economics, Vetted and Real-time Papers. (https://cepr.org/content/covid-economics-vetted-and-real-time-papers-0)
  6.  International Monetary Fund, 2020, “World Economic Outlook: A Long and Difficult Ascent,” Washington, DC, October.

 

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