P値の収束に関する数学的考察

 

CADの西村と石橋です。この記事では、数理統計のトピックの中でも、仮説検定における\(P\)値の振る舞いについて考察しようと思います。ただし、著者は数理統計学の専門家ではなく、誤りを見つけられた場合はご指摘いただけると幸いです。

みなさんは、「サンプルサイズが大きければ、統計的仮説検定において有意差を検出しやすい」といった議論を目にしたことはありますでしょうか?例えば統計ライブラリー サンプルサイズの決め方  |朝倉書店 (asakura.co.jp)のまえがきや、統計的有意性と P 値に関する ASA 声明などで言及されています。

この現象は数学的にどのように説明できるか?と疑問を持ったのですが、枠組みの定式化において苦労する点が多く、「記事にすれば興味をもっていただけるのでは?」と思い至りました。

なのでこの記事では、「対立仮説が正しい場合、サンプルサイズが大きくなれば\(P\)値が0へ収束する」といった形で、定式化し証明をつけることで疑問を解決しようと思います。

※帰無仮説が正しい場合、\(P\)はサンプルサイズに依らず一様分布に従う確率変数となります。

前提条件

まずは、問題の定式化に必要な前提条件を述べようと思います。今回は「分散が既知で、対立仮説の方が正しい」場合の仮説検定を想定します。

標本は分散が存在し平均値で特徴づけられるとある分布\(\mathcal{p}_{\mu_0}\)に従っているが、平均値\(\mu_0\)が不明である状況を考察対象とします。

帰無仮説
・対立仮説

目標

証明したいことは以下の形で定式化することができます。

「前提条件の下で, この検定に関する

ちなみに、母集団として正規分布を仮定した場合はの密度関数が明示的に書けるので0への法則収束 (密度関数の各点収束)が簡単にわかります。([PDF] The behavior of the P-value when the alternative hypothesis is true. | Semantic Scholar

定義

さて、 ”目標”の中でや概収束といった概念を使いました。今回採用した定式化や証明の中で大事な部分なので、この定義を改めて振り返っておこうと思います。

定義(

最初に統計量

さらに帰無仮説のもとでの

以上の準備の下で、 この検定におけるは次のように定められます:

すなわち標本空間の元

ここで注意として、の値の解釈に関する話題は他の文献を参照いただけると幸いです。

p値ってなんだっけ? #統計学 – Qiita

Amazon.co.jp: 新装改訂版 現代数理統計学 : 竹村 彰通: 本

定義(概収束)

最後に

また、このときなどと表記します。 ここで、a.s. は almost sure の略です。

証明の道具

概収束とは何かわかったところで証明に入っていきたいのですが、 その前に道具を2つ準備しておきます。

大数の強法則

中心極限定理

ここで

Remark.

中心極限定理は法則収束(分布関数列の各点収束)で記述されるのが一般的ですが、 法則収束から分布の一様収束を示すのは容易です。証明はAppendixに記載します。

目標の証明

以上で準備ができたので、目標の主張を証明していきます。

まず、大数の強法則より,に関して、

ここで、対立仮説が正しいという仮定から

このとき、

したがって、 中心極限定理と分布関数の基本的な性質から

Appendix

補題

このとき、

補題の証明

また、有界閉区間上の連続関数は一様連続であるため、

ゆえに,

このとき、 任意の

以上から

となり、両辺の上極限を考えれば結論が得られる。

シュミレーション

ここまでの議論で、サンプルサイズ

設定

・母集団分布は一様分布を想定する※
・母平均

この設定で、サンプル数の場合の\(P\)値を以下の方法で可視化します。
※分散既知という仮定から、分散から平均値が算出可能な分布を避けるため、一様分布を採用しています。

可視化方法

1.  母集団分布からn個の標本をランダムにサンプリングする

2.  標本平均が正規分布に従っているという仮定の下、\(P\)値の計算を行う

3.  に対して上記1,2を100回繰り返し、\(P\)値の平均値をプロットする

可視化結果

母集団として、以下の3パターンので実験した結果を表示します

・一様分布A:[-1, 1]上の一様分布(平均0、分散1/3:帰無仮説が正しい)

・一様分布B:[-0.95, 1.05]上の一様分布(平均0.05、分散1/3:対立仮説が正しい)

・一様分布C:[-0.9, 1.1]上の一様分布(平均0.1、分散1/3:対立仮説が正しい)

・一様分布D:[-0.8, 1.2]上の一様分布(平均0.2、分散1/3:対立仮説が正しい)

この結果から、以下の情報が読み取れそうです。

・実際に母平均が

まとめ

この記事では、

(参考)実験に用いたコード

#import
import numpy as np
import scipy.stats as stats
import matplotlib.pyplot as plt
import japanize_matplotlib
%matplotlib inline

#function
def two_sided_test(distribution_func, params, known_variance, sample_size, num_experiments):
    """
    両側検定のシミュレーション関数
    distribution_func: 母集団の分布関数
    params: 分布関数のパラメータ
    known_variance: 既知の分散
    sample_size: サンプル数
    num_experiments: 実験回数
    """
    p_values = []
    for _ in range(num_experiments):
        sample = distribution_func(*params, sample_size)
        z_score = np.mean(sample) / (np.sqrt(known_variance) / np.sqrt(sample_size))
        p_value = 2 * (1 - stats.norm.cdf(abs(z_score)))
        p_values.append(p_value)
    return np.mean(p_values), p_values
    
#config
distributions = {
    '一様分布A (-1, 1)': (np.random.uniform, (-1, 1)),
    '一様分布B (-0.95, 1.05)': (np.random.uniform, (-0.95, 1.05)),
    '一様分布C (-0.9, 1.1)': (np.random.uniform, (-0.9, 1.1)),
    '一様分布D (-0.8, 1.2)': (np.random.uniform, (-0.8, 1.2)),
}

results = {}
sample_sizes = range(10, 2000, 10)
num_experiments = 100
known_variance = 1/3

#caculation
for dist_name, (dist_func, params) in distributions.items():
    p_value_means = []
    for n in sample_sizes:
        mean_p_value, _ = two_sided_test(dist_func, params, known_variance, n, num_experiments)
        p_value_means.append(mean_p_value)
    results[dist_name] = p_value_means

#plot
plt.figure(figsize=(10, 8))

for dist_name, p_value_means in results.items():
    plt.plot(sample_sizes, p_value_means, marker='o', linestyle='-', label=dist_name)

plt.xlabel('サンプルサイズ (n)')
plt.ylabel('p値(平均)')
plt.legend()
plt.grid(True)
plt.show()